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最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)1110号 判決 1968年2月29日

上告人

遠藤繁雄

右訴訟代理人

高橋岩男

被上告人

大二工業株式会社

松田豊作

旭川信用金庫

右訴訟代理人

丸谷利雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋岩男の上告理由第一、二点について。

原判決(その引用する第一審判判決を含む。)の確定した事実関係によれば、上告人は、訴外遠藤木材株式会社の被上告人旭川信用金庫(以下「被上告金庫」という。)に対する消費貸借上の債務を担保するため、その所有の本件各不動産につき根抵当権を設定するとともに、あわせて右各不動産について代物弁済の予約を締結し、根抵当権設定登記および代物弁済の予約につき仮登記を経由したところ、被担保が遅滞に陥つたため被上告金庫は右根抵当権実行のため競売申立をしたが、右競売手続の進行中、訴外柴野三良において被上告金庫、上告人および右訴外会社の承諾を得たうえ被上告金庫に対し根抵当債務およびこれに優先する他の抵当債務を訴外会社のため代位弁済し、抵当権設定登記につき付記登記を経由して競売申立人の地位を承継し、同時に被上告金庫から代物弁済の予約上の権利の譲渡をも受けて、その仮登記について付記登記を経由した。柴野は、その後、上告人に対し右代物弁済の予約完結権を行使したが、右予約完結権の行使前になされた競売申立取下げの申請は、利害関係人の同意がなかつたためその効力を生じえず、したがつて、右完結権行使の当時競売手続はなお進行中であつたというのである。

ところで、かように貸金債権の担保のため不動産に抵当権を設定し、これにあわせてその不動産について代物弁済の予約を締結した場合において、債権者が抵当権実行のため競売申立をし、その競売手続が進行を開始したときは、債権者は右競売申立を有効に取り下げるかまたは競売手続がその他の事由により取り消されて終了しないかぎり、代物弁済の予約の完結権を行使することは許されないと解するのが相当である。けだし、債権者が一方において抵当権の設定を受けながら、他方においてその抵当不動産を目的とする代物弁済の予約を締結するのは、債務者が弁済期に債務を履行しないときに、債権者において自己に有利とする方の債権満足の手段を選択行使して債権の優先的満足を図ろうとするにあるのであるから、すでに債権者において抵当権の実行による債務清算の方途を選択しながら、その手続の終了をみないままさらに別個の債権満足の手段たる代物弁済の予約上の権利を行使することができるものとすることは、結果において双方の手段を競合的に行使することに帰し、選択行使の趣旨に反することとなるからである。そして、かように解することは、最高価競買申込人が生ずるまでの間は競売申立人にその申立の取下げの自由を認めつつ、最高価競買申込人が生じて後はその同意を得なければ取下げを許さないものとし、また競落期日後は取下げについて競売人を含め利害関係人全員の同意を要するとして競売手続上の利害関係人の利益を保護する競売法の趣旨にも調和するものといわなければならない(同法二三条、当裁判所昭和二四年(オ)第一三五号、同二八年六月二五日第一小法廷判決・民集七巻七五三頁参照)。なお、債務の担保のため抵当権を設定し、あわせて代物弁済の予約が締結された場合において、その代物弁済の予約には、債務者が履行期を徒過した場合に、有効な完結権の行使がなされるときは、目的不動産の所有権が移転し第三者に対する対抗要件を具備することによつて直ちに既存債務を消滅させる効果を生ずる本来の意味における代物弁済の予約の内容を有するものと、右の意味における代物弁済の予約ではなく、単にその形式を借りて予約完結権を行使することによつて債権者はその目的物件の換価処分権を取得し、その換価により得た金員から債権の優先弁済を受けることを内容とするものとがありうるが(当裁判所昭和四〇年(オ)第一四六九号、同四二年一一月一六日第一小法廷判決・裁判所時報四八六号一頁参照)、抵当権設定契約と併存する代物弁済の予約がそのいずれの内容を有する場合であつても前記説示するところは、その理を異にしない。さらに、所論は、競売手続の進行中であつても債務者は債権者に対して任意に債務を弁済して抵当権の実行を阻止しうるのに、弁済と並んで債務消滅の一方法にすぎない代物弁済が許されない理由はないというが、競売手続の進行中に併存する代物弁済の予約上の権利を行使することが許されないのは、抵当権実行によつて選択権を行使したからであつて(ことに、前記の予約完結権の行使によつて目的物件の換価処分権を取得することを内容とする予約を例にとれば、債権者は抵当権を実行しながら予約完結権を行使した結果、さらに自らもこれに併行して債務清算の手続を遂行する事態を生ずることになるから、その許されざることは明らかである。)、債務者が進んでまたは債権者との合意によつて弁済、相殺、代物弁済等をし、または予約上の権利の行使に関係なく債権者において債務の免除をしたこと等により債務が消滅する場合とを同日に論ずることはできないものといわなければならない。

してみると、本件において柴野がその取得にかかる代物弁済の予約完結権を行使した当時、本件各不動産に対する競売手続はなお進行中であつたというのである以上、柴野は右予約完結権を行使しえない地位にあつたものというべきであり、同人のした予約完結権の行使はその効力を生じえなかつたものといわなければならない。したがつて、これと同旨に出た原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はないから、論旨はいずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

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